A piece of cake

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そしゃげにほんとの悲劇なんてない

FGO大好きです

FGOが騒がしいですね。 私と言えば、クリスマスイベント期間中に遊びに行ったりスプラにうつつを抜かしたりして、結局ボックスガチャは24箱という体たらくに落ち着き、未だにセイレムをクリアしていません。もちろん、31日にまでにはセイレムクリアしますけれど。 あと、セイレムまでのネタバレと2章の序の話をします。

サーヴァントの不在は一時的なものである

さて、弊カルデア事業仕分けの憂き目にあい、ダヴィンチちゃんしかサーヴァントが居なくなりました。 いつでもどこでもサーヴァントと一緒じゃなかったのかよFGOのコンセプトは!と怒りながらも、どこかで楽観しております。 というのは、ソシャゲには本当の悲劇がないからです。 キャラが全員死んだり、主人公が悪になって世界を破壊したりといった鬱展開は、ソシャゲにはありえないのです。

ソシャゲというビジネス

ソシャゲは続くことが最も大事です。ベースインフラは無料、その他追加コンテンツにお金をかけてもらいます。 開発費の回収が終われば、そのあとはランニング費用のみを回収していくだけで、もろもろまるっと大儲け。 そうすると、FGOがすでに開発費の回収が終わっているとすれば(サーバー強化してくれ!)、これまでお金をかけてきてくれて、これからもお金をかけてくれるだろうユーザーたちが本当に離れてしまうようなことはしない。すなわち、サーヴァントたちは絶対に戻ってくるのです。 ソシャゲの物語には絶対的な「死の体験」が不足しています。 物語は体験です。体験は、その物語への感情移入度によって、その深さが違います。 FGOでは、ぐだお/ぐだこに扮して物語を体験していきます。 主人公の周りにいるサーヴァントたちに死の体験、すなわち召喚不可能が訪れない限り、私たちに本当の悲劇は訪れないのです。

「死の体験」不足の克服を試みるFGOのシナリオたち

私は他のソシャゲはほとんどやりませんが、RPGや漫画の中の多くの死の体験によって再起不能になってきました。 FGOの評価が高いのは、このソシャゲが回避できない「死の体験」不足をカバーできているからではないかと思っています。 バビロニアでのシドゥリさん、キングゥ(エルキドゥ)、ごるごんちゃん、セイレムでのサーヴァントの絞首刑、そしてロマニや所長など、プレイヤーにダメージ与えられる死の体験があります。 そんなところが、シナリオに唯一無二の物語としての魅力を与えているんだなあと、思います。

FGO新年も楽しみ!

福袋が二種類で、ニコラテスラをずっと狙ってきた私は確実に3騎士を引きますが、もはやテスラに会える確率はほぼ0でしょう。かすって新茶が出てきそうな予感がしてます。もしそうならうれしいけど、やっぱりなまにくATKさんの絵が好きな私はテスラがほしいです(不夜キャスはもってる)。 来年もマイペースに遊びたいと思います。運営ありがとう。きのこありがとう。